著作『それでも写真が好き』商品詳細・2

本文より、第1章「犠牲・その1」を転載します。
1、犠牲・その1
写真を撮ることは楽しい。
でも、その理由を一言で言い表すのは、とてもむずかしい。好きには理屈がない。言葉をすっ飛ばして、気がつけばその世界に気持ちがはまっている。20歳を過ぎた頃の私にも、それが起きた。
だが突然というわけではない。子供の頃からいつも絵を描いてきた。十八歳になって実家を離れ、京都の学校に入学する。学校では映像表現という分野を学び、あっという間に卒業した。裸一貫となって、さあ、君、これからどうするの?と自分自身に問い続けるうちに、作りたいものは「写真」に姿を変えた。
三つ子の魂百まで。幼い頃からはじまり、絶えず続いてきた習性は、年月を経ても変わることはない。
二十歳を過ぎた頃、つまり1990年代のはじめの頃に、私の写真に対する眼は変わった。それまでの私は、写真という分野に興味を持ったことがなかった。何の知識もなかったし、まったく別世界のことだとも思っていた。
しかし90年代の初め頃に世間に姿を現した写真は、私の視界にもふいに飛び込んできた。それらの写真には、私の日常からもそう遠くはない場所が写り、気取りがなく、何かを予感させる空気が写っているように思えた。
その頃の私は、生活のために働き出した写真館で結婚式や披露宴、パーティのスナップを撮ったり、会社の地下の暗室で証明写真のフィルム現像とプリントするという毎日を過ごしていた。ハローワークで偶然見つけた仕事だったが、時間を経て写真というものが私にとっても魅力的なものになりはじめた頃だった。
そんな90年代も遠くなり、2024年の今では、誰もが気軽に上手に写真を撮っている。スマホを手にすれば、誰もが「写真」を使いこなす。その人がもつコンテンツが次々と写真になり、写真と意識する間もなく、数限りないイメージが次々と目の前を通り過ぎていく。
これまで私が経験してきた撮る行為の気恥ずかしさは、スマホを使いこなす人たちには、ほとんど無いように見える。私が経験してきた写真を撮る行為は、そんなに手軽に出来るものではなかった。重いカメラを鞄から取り出して、撮りたいものにレンズをむける。時には三脚を立てて、個人的欲望をさらけ出しながらシャッターを切る行為は、あまりかっこいい姿だと自分でも思えなかった。通りすがりの人々の視線を感じながら、およそ30年の間、ずっと私は写真を撮ってきた。
携帯電話の中にカメラが収まってしまえば、誰もが写真の存在に違和感も持ちはしない。気の向くままに好きなものを写真に残して、共有する。人の手に収まったカメラは、記録であれ、思い出であれ、表現であれ、盗撮であれ、数限りない姿を作り出している。本来写真は、そういうものなのかもしれない。
しかし、私にとっての写真とは、いつも遠いところにある。身近な存在でありながら、その姿は、どこまでも果てしない。常に距離が測れない存在で、かつ不思議な輝きを放ち続けている。おそらく私が死ぬまで、写真との関係は続くだろう。そして出来ることなら、その関係は枯れない泉のようなものであって欲しいと、そう私は願っている。
*
私にとって、写真は表現だ。長年、そう思ってきた。そうとしか言いようがなかった。
ところが今になってあらためて考えてみると、私が写真を使って表現してきたものは、私という自己ではなく、写真が持っている不思議さを私という人間が軸となって、表現してきたのかもしれない、そう思うようになった。
どうやら私が表現してきたのは、私自身ではなく、写真そのものだったのかもしれない。そういう視点が、私の中に生まれた。
言わば、私は写真の犠牲者なのだ。
なぜなら今の私は、写真でメシを食っているわけでも何でもない。写真作品を制作してはいるが、華々しい受賞歴があるわけでもなく、才能という言葉には無縁のまま、54歳という年齢となってしまった。夢だ希望だという話なら、とうの昔に関係が切れているはずだ。
しかし私の場合、そんな世間の常識は通用しない。なぜなら私は写真以外に面白いことが見つからないのだ。他人が作ったものを見たり聴いたりしても、それはそれで面白いが、満たされることはない。自分の思考を駆使して、いつも夢中でいられなければ、生きている意味がないように感じてしまう。
その結果、自費で展覧会を行い、自費で写真集を作る。私の人生は、そんな事態になっている。そこで得るお金は、ごくわずかだし、目に見えるような見返りは、ほとんど無しに限りなく近い。
私は3人家族の世帯主で、マンション暮らしだが、家族を支えるための収入は、勤め先の印刷の仕事でまかなっている。写真と印刷という言葉が並べば、マリオ・ジャコメッリという写真家を、私は思い出す。セニガリア(イタリア)の写真家で、印刷所を所有しながら、独学で写真を学んだという人だ。写真にはある種のアマチュアリズムが必要だと、私は思っている。そういう意味では、マリオ・ジャコメッリという写真家を私は尊敬する。要はどんなことを生活の糧にしていても、自分の写真が存在するならば、それで良いのだ。そこにプロとアマチュアの境界線は無い。
マリオ・ジャコメッリは、自分の撮るべき対象を考え、時間をかけて相手との関係を築き、その上で撮影をはじめる人だったらしいが、私はせっかちなところがあるから、実際に写真を撮りながらでないと、作業を進めることができない。
そんなわけで、休みの日には出来る限り撮影に出かけ、その日その日の写真を獲得しながら、現在に至るまで、写真を続けてきた。今の私のこの事実をどう言葉で表せばいいのだろうか。写真がめちゃくちゃ好きな人。または写真を愛好するお父さん。
写真を撮るお父さんで思い出すのは、『ちびまる子ちゃん』の友達の「たまちゃん」のお父さんを想像する人は多いかもしれない。娘の「たまちゃん」を被写体にして夢中で写真を撮るお父さんの存在は、私にとってもまったく無関係ではない。理解はできる。だがしかしあの人と私は、キャラクターまるでが違う。どちらかと言えば私は静かな人間だ。あんなに大騒ぎはしない。それでいて「たまちゃん」のお父さんより私は、心の奥底にひねくれたものを持っている。タチが悪くて、しつこくて、しぶとい。「たまちゃん」のお父さんよりも、私は見た目が冷静で、その中身は「どうかしている」ように思う。
*
今となっては、この本で自らの芸術論を唱えても、誰かの支えになるようなものを書くことができるとは、私には到底思えない。私は結局のところ、日々、写真と共に行動し、作品を作り出すことだけがすべてだ。それ以外に胸を張って示せるものは無い。しかし、こうして私が現在まで写真を続けてしまった事実を省みると、自分でもその不思議さを感じるところは、たしかにある。その意味でなら、私にも何らかの言葉を書くことができるかもしれない。そう思った。
最初に書いたように、好きなことをやる理由は、好きだという言葉でしか表わすことができない。そして、その好きという言葉も年月を重ねると、様々なものが堆積していく。一言で済んだはずの想いが、一言で済ませないものに変わっていく。例えていうなら、長年暮らしている夫婦の関係を考えると、わかりやすいかもしれない。なぜ自分はこの人と一緒に暮らすことになったのか、他の誰かではなくこの人と一緒に暮らしているのか、その理由をはっきりと言える人がいるだろうか。言えたとして、すべての感情を、その言葉の中に収めることができるだろうか。
長い時間と、いくつもの記憶の層が折り重なった感情の複雑さをひとつの言葉で表わすのは、とても難しい。
*
ここまで来たからには、もはや私は自分の人生から写真を手放す意思はない。今後、どんな事態になろうとも、もう後戻りはできないし、すでに存在してしまった自分の写真を打ち消すこともできない。今さら成功しようとしまいと、そのことに自らの意志が左右されることはないのだ。だからこそ、必要のないことはもう考えるべきではないし、時間を奪われるべきでもない。人には人の、そして私には私なりのちょうどいい塩梅というのがあるはずだ。日々の浮き沈みはあるが、出来る限り、自由に漂っていたいと私は思う。それで毎日を機嫌良くいられたら、これほど幸せなことはない。
その2に続いていきます。








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著書『それでも写真が好き』商品詳細・1


電子書籍とペーパーバックのどちらか、選べます。
ペーパーバック判
18.21 x 2.11 x 25.68 cm 352ページ

写真作家の著者の書き下ろし14のエッセイと、その文章にまつわる写真作品(1995年〜2025年の最新作)を掲載した書籍です。
第1章 犠牲
第2章 舞鶴
第3章 夜明けの時間を撮る理由
第4章 画にできなかった京都を画にする
第5章 70から80
第6章 足下には土がある
第7章 写真集という物体
第8章 映画と、ニューカラー
第9章 写真とカメラのある生活
第10章 コンセプトに縛られて
第11章 無理なドキュメンタリー写真
第12章 遠くになんて行かなくていい
第13章 大阪通い
第14章 あなたは私ではない

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商品詳細・2に続きます。
『 new world 』展、終了。ありがとうございました。

私の新作写真展『 new world 』展は、会期終了しました。
たくさんの方にご覧いただき、そして実際にお話しさせていただき、
本当にありがとうございました。
今日の写真は、
ギャラリーの床に差し込んだ「光」の写真です。
儚い感じが一期一会で、
今の自分の気分をいっそう深く盛り上げてくれます。
『 new world 』というシリーズ作品は
これまでの作品と同様に
今回の展覧会で終わったわけではなく、
また違った形で、どこかで、
お見せできるように努力していきます。
そして、
創作の「継続」と「変容」もまた、
この先も続きます。
この作家のサイトでは
今後も撮影したた写真を upし、
日々の模索の経緯を書いていきます。
この数週間にすでにupしている写真も
次への手探り状態をお見せしたいます。
私は
私なりのやり方で
「何か」を動かそうとしています。
それは誰のものでもなく、
自分自身のものであり、
私がやりたいことであり、
それは、とてもやさしく、
絶えず困難で、
根気が必要な行為です。
すでに私はそういう「人」になっています。
どうたら私の人生は、
ひとまず、それで満足できそうです。


京都・清水の CAFE OTOWA での展覧会『 Kyoto at dawn 』は
会期延長し、5月19日(日)までになりました。
GWも過ぎ去った今、ぜひ、お店にてゆっくりと私の写真をご覧ください。
よろしくお願い申しあげます。


『 kyoto at dawn 』展、さらに会期延長。 5月19日まで。





京都・清水五条の CAFE OTOWA にて開催中の、『 Kyoto at dawn 』展 は、会期延長。
5月19日(日)まで、となりました。
GWも過ぎ去った今、CAFE OTOWA にて、ゆっくりくつろぎながら、私の写真もご覧ください。 ぜひ。

kyoto at dawn 会期延長、5/12まで。
現在開催中の 『 kyoto at dawn 』は、作品展示の期間が延長されました。
京都清水寺の五条坂の CAFE OTOWA にて、5/12(日)まで。


5/1(水)~12(日)は、新作写真展『 new world 』を開催します。
こちらは、KYOTOGRAPHI KG+ の参加写真展です。
ぜひ、ご高覧ください。
どちらの会場で絵も、写真集を販売しております。
よろしくお願い申し上げます。
酒井 一貴(さかい かずたか)



蛇腹折りの最新作品集『 kyoto at dawn 』 ¥1,000 (税込み)
この他の写真集も取り扱っています。

展覧会 & shop のお知らせ
個展『 Kyoto at dawn 』開催中です。


人の少ない明け方に、私のカメラは京都の街を徘徊する。
カメラは世界を客観する。
街は、人間を現すもうひとつの姿。
夜明けの青く微かな光は、そこに在るものの「存在」を浮かび上がらせてくれる。
意味が生まれる前の、ありのままの「姿」を見せてくれる。
会場 CAFE OTOWA
清水寺から徒歩5分
産寧坂から30秒
清水坂観光駐車場タクシー乗り場前
作品展示期間 2024年1月中頃までを予定→3月31日まで開催が延長になりました。
これまで撮りためた作品から15作品(新作も含む)を選び、店内で展示しています。
作品と写真集も販売しています。
京都をお越しの際には、ぜひ、ご高覧ください。
写真集『 Kyoto at dawn 』
今回の展示に合わせて、新たにポストカードサイズの蛇腹折り写真集を作りました。
「Kyoto at dawn」 ¥1,000(税込み)
edition 100
サイズ:148×100mm
掲載写真 15点
用紙:ミルトGAスノーホワイト 135kg、
印刷:両面カラー オフセット
*サイン入り




写真集 shop のお知らせ

写真集『 horizon horizon horizon 』
2021年、KYOTOGRPHIEにて個展参加の際に制作した「夜明けの時間を撮る」をテーマにしたシリーズの写真集。
夜明けの微かな光が映し出す個々の対象をモチーフに、作者はどこまでも青く静逸な風景として写真に記録する。そこには昼間の日常はなく、朝の清々しさとは異なる何かが立ち現れる。
表紙は真っ白、豊かな触感の気包紙GL-FSを使用。一見何もない純白の紙に繊細な青いラインが入り、透明箔押しが薄っすら現れる。本文は光沢あるアート紙、OK金藤を使用。CMYKと違い、デジタルRGB出力で不思議な色の再現度は写真の青い空気を美しく表現し、この写真集を成立させた。
「horizon horizon horizon」 ¥2,860 (税込み)
2021
edition 150
サイズ:240×190 mm
50頁 掲載写真 31点
用紙:気包紙GL-FS 255kg、
OK金藤135kg
印刷:インクジェットデジタルプレス RGB出力
*サイン入り







お求めは、
ヴォイスギャラリー MATUO MEGUMI + VOICE GALLERY pfs/w
→ 私が日頃お世話になっているギャラリーです。online shop にて、作品の販売をやっておられます。私のオリジナルプリントの取り扱いもあり! です。
→ 京都の印刷会社。印刷はもちろん、紙に関する幅広い商品を取り扱っています。
ホホホ座 浄土寺店 → 店頭での取り扱いです。
銀閣寺や法然院、哲学の道に程近い本屋さん。雑貨など幅広い商品を取り扱っておられるお店です。京都にお越しの際には、ぜひ!!

写真集『 山と子ども 』
2012年製作。 息子を客観する、その視点で作った写真集。 写真家の住む街と故郷の風景をおりまぜながら、写真とはカメラという道具そのものによる産物であり、写真家の主観とは別のところに存在するものだと作者は意識する。 当時の息子の描いた絵も収録されており、多面的な写真集に形成されている。
「山と子ども」 ¥1,980(税込み)
2012
サイズ : 240×190mm
54頁 掲載写真 38点 図版 1点
用紙 アートポスト135kg シルバーダイヤ135kg
印刷 オフセット 表紙 オフセット+マットPP加工
* サイン入り







お求めは、
ヴォイスギャラリー MATUO MEGUMI + VOICE GALLERY pfs/w
→ 私が日頃お世話になっているギャラリーです。online shop にて、作品の販売をやっておられます。私のオリジナルプリントの取り扱いもあり! です。
→ 京都の印刷会社。印刷はもちろん、紙に関する幅広い商品を取り扱っています。
(注)すみません。 この写真集は、ホホホ座浄土寺店 店頭では取り扱ってはおりません。
お間違いなく。
終了しました。→ VOICE GALLERY 周年記念展 が開催中です。 ぜひ、ご高覧ください。
終了しました。→展覧会が開催中です。 〜5/14(日)17時までです。





写真展『 Somewhere not here / fragments of kyoto 』
会場 ヴォイスギャラリー MATUO MEGUMI+VOICE GALLERY pfs/w
会期 2023年5月3日(水)~14日(日)13:00~19:00
月・火曜日休廊 最終日は17:00まで
本展は、KYOTOGRAPHIE KG+ の参加展覧会です。

此処ではない何処か、そんな気持ちがいつもある。
とくに目的地も持たないままに街を彷徨い歩き、そこかしこで見えた何かを写真にする。
それが午後の街なら、通りに潜む「間」のようなものを眺めたりし、それが夜明けの時間なら、昼間の日常には見えてこない原始の風景のような街を眺める。
それはその時々の私が見つけた眺めである。

撮る瞬間は、ひとまず常識の枠を外し、そのおぼろげな光が包む目の前の風景を眺める。
それはすでに、私にとって何処でもない場所。
京都であって京都ではないのである。

写真のすごさとは、言葉や理屈を介さずに、目の前の風景がそのまま「何ものか」になることだと私は思っている。そして、その「何ものか」が写真として存在することで、私の心にポッと灯りが灯るのだ。

目指すのは絵を作ることではなく、また対象への理解を深めることでもない。止まらないものに流されているだけの自己は、世界を形作る圧倒的な何かに、ただ途方に暮れるだけなのである。

本展では、前回の展覧会『name is kyoto』からの抜粋作品と新作、合わせて約300点の作品を展示します。

(以上、展覧会DMのコメント文から)


本展の二つ折りDMです。
以下、配布先 (4/20現在)
MATSUO MEGUMI+VOICE GALLERY pfs/w(ヴォイスギャラリー)

酒井一貴(さかい かずたか)
1970 滋賀県出身
1990京都芸術短期大学造形芸術学科映像コース 卒業
個展
1997 life(1994~1996) アートBOXアンフェール
1998 見物 立体ギャラリー射手座(京都)
1999 平行線 立体ギャラリー射手座(京都)
2000 平行線/dog’s life 立体ギャラリー射手座(京都)
2002 彼方、此方 ヴォイスギャラリー(京都)
2004 ホームタウン ヴォイスギャラリー(京都)
2006 風景 ヴォイスギャラリー(京都)
2007 自分の中の子供 ヴォイスギャラリー(京都)
2021 horizon horizon horizon ヴォイスギャラリー(京都)
2022 name is kyoto ヴォイスギャラリー(京都)
主なグループ展
2000 MIO写真奨励賞展(大阪)
2001 MIO写真奨励賞展(大阪)
2003 art in transit Vol.5 パレスサイドホテル(京都)
2020 アートとTシャツと私 haku (京都)
SAKAI Kazutaka
1970 Born in Siga. JAPAN
1990 Completed, Kyoto College of art, study of the video art course
Solo Exhibitions
1997 life(1994-1996) / Gallery Enfel ,Kyoto
1998 Observation Gallery Iteza, Kyoto
1999 Parallel Lines Gallery Iteza , Kyoto
2000 Parallel Lines Gallery Iteza , Kyoto
2002 here there Voice Gallery , Kyoto
2004 home town Voice Gallery , Kyoto
2006 Landscape Voice Gallery , Kyoto
2007 Child in me Voice Gallery . Kyoto
2021 horizon horizon horizon Voice Gallery . Kyoto
2022 name is kyoto Voice Gallery . Kyoto
Selected Group Exhibitions
2000 Mio PHOTO AWARD , Osaka
2001 Mio PHOTO AWARD , Osaka
2003 art in transit Vol.5 , palace side hotel , Kyoto
2020 Art and t-shirts and me , haku Kypto
作家ブログ 『 日な日な余波ははなやか歩く 』
k_sakai@kyoto.zaq.jp
*
お知らせ
次回の写真展のお知らせ

『Somewhere not here / kyoto fragments』
2023年5月3日(水)~14日(日)
会場・ヴォイスギャラリー MATUO MEGUMI+VOICE GALLERY pfs/w
KYOTO GRAPHIE KG+参加の展覧会です。
写真集は、shop または、VOICE GALLERY 、修美社 にて販売中です。
写真集『horizon horizon horizon』









写真集『山と子ども』








作者近影 2023年1月、故郷にて。